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 温海川に架かる湯之里橋の橋上に設けられた飲泉所。気持ちいい川風に吹かれながら飲泉で体の内からもあつみのお湯が感じられるスポット。

 適応症は、胆石・胃腸弛緩症・尿結石・金属中毒症・慢性便秘・蕁麻疹
湯之里橋 飲泉所
 葉月橋通りの真ん中にある足湯。
 通り・並木道を意味するアベニュー(Averue)と、方言で塩梅(健康・調子)を意味する「あんべ」を掛けて名づけられました。
 よ〜く見ると腰掛周辺にはあつみ温泉の起源や名物を紹介したプレートもありますよ!
 
 
 
あんべ湯
 夫、鉄幹とともに「明星」の中心となり、自由奔放、官能的、情熱的な歌風によって浪漫主義詩歌の全盛期を現出させた晶子だが、昭和10年3月に夫を亡くし、6月末から7月にかけてあつみ温泉を訪れ沈んだ心を癒しています。「二日の夜、無事帰郷いたし候、出立の際は、わざわざ御見送り下されかたじけなく存じ申候、山形県の温海の湯までまいり候ひし云々」とある。
 昭和10年刊行の遺歌集「白桜集」の中に、「越より出羽へ」と題し十首収載されている。

  
さみだれの 出羽の谷間の朝市に 傘して売るはおほむね女
   朝市の 始まりぬとて起される ほととぎすなど聞くべき時刻
   二日して 湯の香混じりの五月雨に 馴れし出羽の温海山かな
与謝野晶子歌碑
 あつみ温泉にはそれぞれ趣きが異なる3つの足湯がある。ここ「チットモッシェ」には、足湯もっしぇ湯があり、足湯に浸かりながら、のんびりした時間はもちろん、温海川の柔らかいせせらぎに耳を傾けカフェやスウィーツも楽しめるちょっとオシャレな足湯。店内は、地元で創作活動を続ける陶芸家やしな織作家の工芸品を中心に展示販売しているギャラリーもあり、散策途中に休憩しながら温海の文化に触れることもできる空間。
 季節ごとに催されるユニークなイベントも要チェック。
 
足湯カフェ Chitto Motche´
 あつみ温泉には住民の皆さんに長年親しまれている共同浴場が3ヶ所。協力金200円でどなたもご利用いただけます。温泉は源泉かけ流し、ちょっとあつめがあつみの湯。共同浴場に入ってあつみ人になってみましょう。
 ここ正面湯の看板は、鶴岡市出身の大相撲行司28代目木村庄之助の書です。
正面湯
 昔から名水として知られる湧水が流れるこの公園は、あつみ温泉に訪れる観光客や住民達の憩いの場にもなっている。遠くからわざわざこの水を汲みにくる人もいるほど。
 公園隣のそば屋「大清水」ではこの水にさらして作るそばがいただけます。

 また、公園内にはあつみ温泉を愛し度々滞在し起筆した、小説家横光利一の逗留の地説明版がある。横光利一は川端康成、今東光、片岡鉄幹らと「文芸時代」を創刊しプロレタリア文学と対抗する新感覚派の中心となって活躍しその代表作は「旅愁」「日輪」「機械」などがある。
大清水公園
 熊野神社境内にあり、約90種3,000本のばらが植栽されている。6月〜10月頃にかけて色鮮やかなばらが次々と咲き、温泉街に彩りを添えてくれる。温泉街を見渡せるビュースポットでもあります。
 昭和26年の大火までは毎年この場所で奉納相撲を開催していました。火災からの復興を願い昭和37年に地元旅館館主や有志の方々から約500本のばらが寄贈されたことから、ばら園の造園が始まりました。平成24年には鶴岡公園内の庄内藩主酒井氏のばらを譲り受け「殿様のばら植樹祭」が行われました。
 咲き始めの6月には「あつみ温泉ばら園まつり」が開催される。
 入園無料
あつみ温泉 ばら園
 温海嶽の麓、熊野神社の境内に建つこの碑には、昭和36年に天皇皇后両陛下があつみ温泉にご宿泊の折、温海嶽の美しさに感激され詠まれた歌が刻まれています。
「雨けむる みどりの山は しづかにて 庭の山かと 思いけるかも」
昭和天皇歌碑
 元禄2年(1689)春、門人曽良を連れて奥の細道の旅に出た俳聖松尾芭蕉は、6月半ば象潟から酒田を経て26日に温海に一泊、27日27日鼠ヶ関を通って越後に去った。曽良によれば温海では鈴木所左衛門宅に泊まったとあるが、所左衛門とは曽良の聞き違いで本当は惣左衛門と称す温海の旧家であったという。芭蕉は翌日曽良と別れて馬車に乗り温海を発ち、弁天島を右手に鼠ヶ関を通過し、一方曽良はここ湯温海を訪ねてから芭蕉の後を追ったのである。曽良は次のように記している。
 「二十七日、雨止温海立、翁ハ馬ニテ直ニ鼠ヶ関ヘ被趣、予ハ湯本ヘ立寄見物シテ行。半道計山ノ奥也。今日モ折々小雨ス。及レ暮中村ニ宿ス。」
芭蕉供養碑
 花頂山は湯温海が生んだ江戸相撲の力士。花頂山は明治4年(1767)斎藤五左衛門(以前のあらたまや3代目)の長男として生まれた。幼名を五郎吉といい体格抜群、草相撲の王者だった。天明8年(1788)21才で初代出羽ノ海の門に入り2年後「温海嶽」の四股名で初土俵を踏み、入幕後は庄内藩主に召し抱えられ「花頂山」と命名した。享和2年(1802)には大関に昇進し「市ノ上」と命名。しかしこの年、巡業中の京都で病に倒れ35才の若さで世を去りました。
 彼の偉業として、大相撲史上未曾有の最強力士とまでいわれる雷電為右衛門は同じ力士に2度敗れないというジンクスを破ったことや、横綱小野川に勝利したことなどが語り継がれている。
 これにあやかり、湯温海の地では大正の初め頃に女相撲が創られ、鉄道の開通式や諸記念行事では土俵入りなどをして伝えられたが後継者がなく絶えてしまいました。
花頂山碑
 昭和26年4月24日午後11時20分頃、温泉街の民家から出火、折からの風に煽られた火はたちまち温泉街をなめ尽くし、熊野神社、長徳寺をも延焼、温海嶽中腹までにも及び、火は約5時間後の翌朝4時半頃に鎮火した。その被害は大きく罹災世帯340軒、当時30軒あった旅館のうち川沿いに建つ1軒(萬国屋)を残して全焼し、罹災者は1,700名にも及んだ。
 この被害に対して全国各地からもお見舞いが寄せられ、昭和27年10月10日復興祭が行われています。その後、、復興10周年にあたる昭和36年、秋田国体が行われ天皇皇后両陛下が秋田へお召しの途中あつみ温泉に宿泊されることを機にこの記念碑が建立されました。
火災復興記念碑
 清人は文政10年(1827)に生まれ、庄内藩の御用鍛冶であった斎藤小四郎、現在のあさひや旅館の養子となった。本名斎藤小市郎。
 やがて清人は江戸に出て名のある刀工になりたいと願い、26才で山浦清麿に入門、師匠から一字もらって清人と名乗った。安政3年(1856)神田小川町に開業し弟子を抱えてからは江戸の名匠としてその名が広まった。慶応3年(1867)豊前守藤原清人の拝命を受け刀匠として最高の名誉を得た。その後養父が還暦となる年に故郷あつみ温泉に戻った。明治3年には再度上京し明治天皇に献上する刀を鍛造した。明治30年、孫にあたる酒造之助が海軍学校に入学した際に祝い刀として作った刀を最後の作として、明治34年75才で世を去った。
昭和47年に日本美術刀剣保存会全国大会がここあつみ温泉で開催された際、清人の明光を後世に伝えようと、顕彰碑が建立されたものです。彼の精進と努力には庄内人の辛抱強さと真面目な人間性がうかがえます。碑文には「名人有似取二ツ酒呑銭無ト」と記されている。
 日本美術刀剣保存協会庄内支部では毎年碑前祭を開催。
藤原清人顕彰碑
 元正天皇の養老5年(721)僧行基がたてたといわれ、現在当社の祭神は、由豆佐売命、大巳貴命、少彦名命とされている。
 温海嶽は、その氏子が温海、釜谷坂、暮坪、米子、湯村(湯温海・湯之里)、一霞、小菅野代の七ヶ村であることからみても周辺住民に信仰された山岳神であったようで、明治2年4月熊野神社と改まった。
 5月2、3日は例大祭で獅子舞が奉納される。獅子頭が奉納されたのは、明暦3年(1657)で舞い手二人が頭と尾に別れて獅子をかぶり、祝詞と太鼓にあわせて舞う。これは当屋に上がって行われるが、特に新築家屋は、3年続けてお入れする習わしになっている。
 宝永2年(1705)、明治41年、昭和26年に焼失しその都度再建されている。
熊野神社
 貞和年間(1345-1349)出羽国獄沢の住人権内正定という者が山遊びのとき、川南の山に根本が光り輝く木があるのを不思議に思い、行ってみると阿弥陀如来の尊像であったという。それよりその地に居住し尊像を祭守し、その地を長徳寺と称したという。長徳寺は文久2年(1862)寺子屋を開設。明治8年に温泉学校を寺におく。昭和27年には町内第1号の認可保育園を開設。平成24年あつみ保育園に合併となるまで続いた。
 荘内札所第7番霊場である。「父母のみたまこもろう温泉寺訪ねきたりてかなしかりけり」
 その長徳寺境内にあるのが、花崗岩でつくられたお釈迦様の涅槃像(寝仏)。傍らには弟子達の像もあり、大変珍しいもの。涅槃=すべての煩悩を脱し境地に入るお姿。
長徳寺 涅槃像
 あつみ温泉の発見は、大同2年(807)手負いの鶴が湯浴して傷を癒していたとか、嘉祥2年(849)大地震で温泉が湧きだしたなど伝えている。この湯が沢の如く流れ出るところを湯の神と崇めていたが、のちに、湯蔵権現と称しそのそばに湯蔵権現堂を建立して奉祀した。また、江戸時代初期に至り別途に薬師神社を建立して祀った。
 明治元年の神仏分離令により湯蔵権現を湯倉神社に、さらに明治22年に「温海温泉」と改称した。昭和26年の湯温海大火災で類焼、翌年境内を現在地に造設し、昭和29年に改築再建した。平成11年4月には朝市広場のリニューアルに伴い礼拝所を建設した。
 5月8日に春祭り、9月8日に秋祭りが行われる。
温泉神社 礼拝所
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長徳寺の涅槃像
あつみ温泉ばら園
温泉神社 礼拝所
開湯1,000年を誇るあつみ温泉。古くからその名は広く知られ、横光利一や与謝野晶子などの文人墨客が好んで訪れた温泉地でもあります。温泉街を散策しながら、偉人たちの足跡を訪ね歩いてはいかがでしょうか?
1〜2時間
文人墨客が愛したあつみ温泉         今昔散策コース
そぞろ歩きの楽しい温泉街 あつみ温泉

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